2011年4月28日木曜日

スクラム推進委員会

4/22(金) さいたま商工会議所で第一回スクラム推進委員会が開催されました。


石岡YEGから参加するメンバーは、私の他関東ブロック連合会に理事で出向しているS君、スクラム推進委員会に出向しているK君とT君の4人だ。

電車で行った場合の交通費を考えると、車でいた方が断然安い!

しかし、全員酒飲みだ。
懇親会で飲まないで帰ってくる役を誰かがしなければならない。
私は委員会担当の副会長で、当日は会長も出席する。委員会メンバーに頑張ってもらうために、自ら車を出すことにした。

さいたま商工会議所と懇親会場とコインパーキング上の位置を調べて準備OK!

スクラム推進委員会では、今年度の事業方針の確認、メンバーの自己紹介が主な内容でした。
茨城県連からはK委員長の他、古河YEGより委員長が力ずくで引っ張ってきた若手二人も出向する。
委員長のK君の頑張りに期待したいところです。

時計の針は6:00pm さあ、懇親会の時間となった。
ワシントンホテル1階にあるこのお店は、さいたまYEGのメンバーさんだそうで、おいしいおつまみが次から次へと出される。

僕は先週の役員会に引き続きウーロン茶をガブガブ飲む。
人生でこんなにウーロン茶を飲むことは過去になかった。
しかし慣れたもんで、人が飲んでいても自分は飲まなくても結構平気になってきた。

懇親会が7:30pmにおひらきとなった。 2次会の案内があり、例のごとくK君は目がうるうる、行きたそうな顔をしている。
「帰るぞ!」「行きたければ行ってもいいけど、帰りは電車でね!」
なかなか素直に帰らないK君。

ホテルから駐車場まで歩いて2分ほどのTIMES24の駐車場へ。
ここは平日MAX1,800円の駐車場のはず・・・・・・・「えっつ?3,800円?・・・どうして??」
よく見ると、TIMES24の駐車場が3つ並んでいて、一番端のところだけがMAX1,800円で、他の二ケ所はMAX設定がなかったのだ。
いい勉強になりました。でもややこしい。

浦和から約1時間で石岡に到着。
割烹「有希」でおいしいビールを飲み、無事「Misson completed」

2011年4月26日火曜日

松山へ移動

懇親会場から駅へ同じ委員会に所属している松山YEGの仲間が車で来ていたので送ってもらう。

夜の風景 JR伊予大洲駅


駅前のモニュメント


ちょっと寂しい駅前通り商店街 8:40pm 

駅舎内 無人駅となっていました 8:45pm


特急「宇和海」で松山に向けて出発

駅で交流委員会のメンバーと一緒になったので、一緒に松山で二次会に!
担当副会長と交流委員長のお二人も大洲の二次会を終えて合流。
3次会は総勢7人で寿司屋へ
4次会は豚骨ラーメン屋さんで仕上げ 夜も更けて27:00になっていました。

終わり

四国ブロック 会長会議懇親会

18:00~20:00 懇親会

懇親会場のリジェール大洲に移動です。会長会議に出席の四国ブロックの方たちは、ほとんどが乗用車で移動しましたが、観光バスが一台用意されており、我々はこのバスで移動となりました。


リジェール大洲 外観


全国大会の越中富山大会のキャラバン隊が会場入り口でお出迎えです

前座余興風景

会場内風景

こんな綺麗なお姉さんもいらっしゃいました(^^);

テーブル上に用意されたお料理
会場中央に大皿にのったお料理もありました






無事懇親会も終了し、皆様お楽しみの二次会への流れていきましたが、私は飛行機のチケットとホテルを組み合わせたパッケージを利用したので、松山市のホテルに帰ることになりました。

>>松山の夜へ続く

四国ブロック 会長会議

日本YEGの役員会の翌日 4/16 四国ブロック 会長研修会が愛媛県大洲市にて開かれました。

松山駅より最寄りの伊予大洲駅まで移動します。
JR松山駅

久々に気動車(電車じゃない=ディーゼルエンジン車両)に乗ります。しかも!特急「宇和海」です。
乗ってみると結構スピードが出ていました。メーター読みで120km/h!
でも単線だし、トンネル多いし、うるさいし、ちょっと怖かったです。(^^);

特急「宇和海」

会場は大洲市総合福祉センター


福祉センターの4Fにある多目的ホールが会場です。

紫色の半纏を着た大洲YEGの皆さんによる受付

会長会議に先立ち行われた総会

会長会議は四国ブロックの会長事務局さんの総勢よりも多い約80名

広報委員長が事業内容を説明

今年度より会長会議のスタイルが大きく変わった。
今まではどんな形だったかというと・・・日本YEGの事業全般を理解していただくために、全国会長研修会や全国大会の説明、各委員会の事業報告やお願いを延々2時間近く行ってた。
私も昨年度単会の会長であったので、このスタイルの会長研修会は体験済みだ。

悪いといわないけど、参加している会長が聞き飽きてくるのは否めない。それどころか、会長会議という名に反して、会議は行われていなかった。
どちらかといえば、日本YEG説明会と名前を変えたほうが良いと思ったほどだ。

今年度からの新しい形は、テーブルディスカッションだ。
各テーブルに日本YEG出向者が進行役で5~6名入り、単会会長が割り振られ一つのグループを作ります。 そこでいくつかの議題をみんなで意見を出し合う、というスタイルに変更になりました。

第一回目で多少どちら側にも戸惑いがあったものの、概ねよくできたのではないかと思います。

>>懇親会に続く

2011年4月25日月曜日

決起大会

4/15 18:30~20:30 「東日本大震災への対応と支援のための決起大会」

松山全日空ホテル ダイヤモンドホールにて


開会の後、東日本大震災でお亡くなりになった方へ黙祷をささげられました。
東北ブロック 及川ブロック代表理事、関東ブロック 清宮ブロック代表理事より現状報告がありました。
また日本YEGの震災後の取り組みについて報告と説明がありました。

左より 水野東地区担当副会長、及川ブロ代、清宮ブロ代


兵頭会長より決意表明


西居直前会長より被災地へのエール(乾杯)のご発声


被災地に向けてシュプレヒコール

最後に及川ブロ代より、平成22年度東北ブロック代表理事の新田 秀悦君からのメッセージが読み上げられました。

以下原文を紹介させていただきます。


平成23331

全国のYEGのみなさんへ
仙台YEGのみなさん
東北ブロックYEGのみなさん
日本YEGのみなさん

仙台商工会議所青年部 平成18年度19年度 会長
東北ブロック商工会議所青年部平成22年度会長
東北ブロック商工会議所青年部平成22年度代表理事
新田 秀悦 (宮城県連仙台YEGより出向)


「お元気ですか。私は元気です。」

3月11日のあの日から、夢の中をもがき、進んでいるみたいです。何度となく、夢ならば、と思ったことか。しかし、これは、まぎれもなく現実です。
私は、仙台YEGに所属しておりますが、実家と会社は、宮城県石巻市にあります。今回の震災で、地震そして津波の被害を受けました。震災後三日間、水没した実家と会社に近付けず、妻と両親そして大事な社員を水没した社屋に取り残されていました。近づけず、安否の確認もできずに、助け出すこともできずに、途方に暮れた、三日間でした。被災し大切な方を沢山亡くされた方にはすみませんが、私の家族、社員そして社員の家族も一人も欠かすことなく、救う事が出来ました。津波に流されたり、車ごとひっくり返されたり、家ごと流されたりと、話を聞くと、危機一髪というか、運が良かったとしかいいようがない状態で、助かった家族・社員でした。 私の商売は、建設業、運送業、保険代理業、インターネットカフェなど、他種目に営業をさせてもらっていました。そのすべての業種で、大打撃を受けました。運送業に至っては、車両台数の半数近くの20台ものトレーラーを無くし、新規オープンしたお店は、全壊しました。被災した次の日から、地域の建設業として、ボランティアで、復旧活動をしておりましたが、何せ、社員の家が流され、核となる社員が集まらず、その上燃料がなく、思うように動く事が出来ずに、歯がゆい思いをしました。 そして、200人もの社員を持つ経営者として、取引先も被害受け、お取引先の工場が地震津波により壊され、このままでは経営を続けられるのだろうかと、不安に襲われました。私の頭の中には、自分のこと、家族のこと、社員の事、社員の家族のこと、これからの会社経営のこと、資金繰りの事と次から次へと、解決することが出来ないのではないだろうかという事が、津波のように襲いかかってきました。
「明けない夜はない。」
「神様は、試練を乗り越えられる人にしか与えない。」
などと言われましたが、なんの慰めにもなりませんでした。 そんな時、私には、泣き言を聞いてくれる仲間がいました。震災後すぐに遠く関東から、笑顔で、「頑張れよ」と駆けつけてくれた、仲間がいました。東北各地、全国から救援物資をもってきてくれた仲間がいました。自分のことしか考えられなかったときに、遠く関東より、炊き出しに来てくれた仲間がいました。一緒に炊き出しをして、笑いながら、炊き出しをして「元気」をもらいました。一人じゃない、いままで、やってきたことが、間違ってなかったとこの時、確信しました。この震災が、確信をさせてくれました。YEG活動を一生懸命やってよかったと確信しました。津波のあとの事務所に入った時、私が大事にしていた、YEGの書類・雑誌・新聞記事、私のYEGのすべての記録が、ずぶ濡れになり、出てきました。その時、私は、すべて、心に納め、濡れた全ての記録を捨てました。YEG活動の思いでは、心に覚えさせ、記録より、こんなに素敵な仲間が出来たことに、感謝して、「心の中の思い出」と「YEG仲間」があれば、それで十分だと思いました。

道路一本、道を隔てて、かろうじて、私の実家と会社は、水没はしましたが、残りました。流されたり、壊されたり、焼けてしまった人たちに比べれば、私たちは、すごく良かった方だったと思っています。

いまは、会社で、家を流された社員たちと生活をしています。約30人の社員と事務所の二階で寝お起きをしています。いつまで、続くのか、石巻は、まだ、行方不明者の捜索やがれきの撤去をやっており、やっと仮設住宅の着工が始まりました。しかし、被災し家を無くした人たちが、仮設住宅に入れるまでにはまだまだ、時間がかかると思います。確かな情報が私には、ないため、あまりに、軽率な発言は、しませんが、これからが大変かと思います。

この震災で、たくさんのYEGの仲間から救援物資を頂き、東北ブロックYEGの会長として、動かなければならない立場でしたが、自分の事が精一杯で、安田直前会長と及川次年度会長にすっかり、頼り切ってしまいました。何も、出来なかったブロック会長として、大変申し訳なく思っております。安田直前会長と及川次年度会長には、感謝申し上げます。

最後に、平成22年度東北ブロック商工会議所青年部会長として、皆さんに、最後のエールを被災地石巻から送りたいと思います。 今回の地震津波は、東北地方の沿岸地域だけが、被害を受けているのではないと思っています。被害の大小は、あるでしょうが、日本全国全ての人が、被害を受けていると思います。私だけが大変だとか、私の地域は被害が大きかったと言っても、はじまりません。家を流された人、大切なひとを亡くした人、水没した家を復旧している人、福島原発の関連や東北地方の関連工場と取引をしていて物が入らなくなり営業に支障をきたしている人、日本全国自粛ムードで、いろいろなキャンセルが発生していて営業をきたしている人など、言えばきりがないくらい、影響が大きいと思います。最大の被災地にいる私だからこそ、言えることがあると思っています。今回の地震そして津波によって、被害を直接的に間接的に受けた人は、大なり小なり全ておなじ、苦しみ・悩みを抱えていると思います。
いま、我々YEGがやらなければ、ならないことは、自分の商売をしっかり経営していくことだと思います。  私は、常々、「私たちは、自分の会社の売上を上げ、利益を出し、税金を支払う。その税金が公共に使われる。また、地元から社員を雇い、雇用を発生させる。そして、自分の会社を成長させ、継続させて行く。このことが我々のしなければならないこと、一番の地域貢献だと思う。」と言い続けてきました。
いま、この時こそ、会社をしっかり経営していくことが、私達の役目ではないでしょうか。確かに、今回の震災で大ダメージを受けている会社がたくさんあると思います。一時は、小さくなることも必要かもしれませんが、みんなで、助け合って、会社経営を続けましょう。YEGの仲間から、廃業者を出さないように、頑張りましょう。こんなことを言っている私でさえ、会社を一時、縮小しようと思っていますが、必ず、復活させてみせます。恥ずかしがらずに、苦しいときは、YEGの仲間に相談していきましょう。 会社をしっかりと経営していけば、街は、必ず、復活します。雇用を発生させれば、街に活気が戻るはずです。それを出来るのは、私達、青年経営者です。確かに、今回の震災は、悪夢のような出来事でしたが、でも、考えようによっては、こんなチャンスは、ないと思います。私たちが、活気ある街・活気ある地方・活気ある日本を創るチャンスを握っているのだと思いましょう。嘆いていてもしょうがない。「思いは叶う。」「私達の手で、活気ある街を創りましょう。」 私が、あなたが、あきらめなければ、必ず、夢・目標は叶えられます。 私と一緒に、「思いを叶えましょう。」



追伸:

仙台YEGのみなさん
     思う存分活動させてもらいました。仙台YEG最高。
     私は卒業です。あとは、よろしくお願いします。
     ありがとうございました。
東北ブロックYEGのみなさん
     一年間ブロック活動ありがとうございました。
日本YEGのみなさん
     楽しい日本出向でした。
     全国各地の皆さんありがとうございました。



ありがとう。皆さんに感謝します。私は、必ず、復活します。必ず。

日本YEG 第208回役員会

平成23年4月15日(金)
平成23年度に入り最初の日本YEGの役員会が、会長のご当地松山で開かれました。

普段はフレッシュひたちで上野まで利用しますが、震災の影響で運行されていないので、各駅停車で1時間40分掛けて上野へ。
委員会の開催時間が12:30からなので、羽田9:55~松山11:20のフライトで現地入りです。

桜の花が散り始めるころ、やはり関東より早いですね。


12:30~14:40 委員会
私が所属する委員会は、YEG提言策定委員会といいその名の通り全国組織のにほんYEGから政府や日商に提言、要望を上げるための委員会です。
委員会の中に 〇風会議チーム 〇提言チーム とあり私は提言チームで活動中。
でしたが、今回の東日本大震災の緊急要望書をまとめるべく特別チームを結成し、約90分で政府に対しての要望書を作成しました。

委員会活動中

14:50~15:30 ブロック別会議
関東ブロック会議で、昨日さいたま市で開催された役員会でも協議、報告された東日本大震災の各地の被災状況及び現況について協議をした。


ブロック別会議


会議室より眺める松山城

15:45~17:45 第208回役員会
今年度最初の役員会です。
やはり東日本大震災が年度末に起きたため、報告事項は震災関連の動きについてがほとんどでした。しかし、今年度の事業方針等屋台骨になる案件の審議事項も多くありました。


第208回役員会
決起大会へ続く

2011年4月20日水曜日

第一回関東ブロック役員会

4月14日(木) 関東ブロック第一回役員会(臨時)が大宮ソニックシティーのさいたま商工会議所で3:30pm~6:00pmに開催された。

石岡からの参加は、私の他理事のS君の二人。
東日本大地震で被災した常磐線。
3/31から快速電車が運転し始めたが、特急が運休中。
石岡から大宮まで電車で行くと、会議開始の2時間半前に出ないと間に合わないし、帰りも時間がかかる。
更に、明日からは松山に行くので、朝6:00過ぎの電車に乗らないといけない。

車で行こう! ただし、懇親会に出たら酒が飲めない(涙);

正解でした。1時間ちょっとで大宮に到着。

会議は、東日本大地震で被災した関東地方の特に茨城県、千葉県の被災状況と現状の把握。 そして今後の支援活動についてがほとんどでした。
また、今年度の関東ブロックの運営方針を関東ブロック清宮会長より説明がありました。

また、清宮ブロ長より、私に依頼がありました。
一つは、県連総会がダブってしまったので片方に出て欲しい。
もう一つは委員会の担当副会長になって欲しいという事であった。

筆頭副会長の私。
別に実力があってのポジションじゃないんです。
輪番制によって順番で回ってくる役に、偶々着いただけ。
だからと言って、中途半端には出来ない。
だから二つ返事で引き受けた。

でも、結構大変かも……………

懇親会は、大宮駅の近くの炉端焼き屋さんであった。
90分の飲み放題で、4,000円だった。
が、僕は烏龍茶で飲み放題だ。 そう今日は運転手だからだ。
同行のS君は来年重職に着くので、今年副会長だけどあくまでも脇役に徹するつもりなのだ。

宴もたけなわであったが、明日から四国に移動する人が殆どなので、早目にお開きとなった。

珍しく一滴も酒を飲まず直帰し、明日からの松山二泊三日の出張の準備をし、風呂に入り床に就いたのは深夜1時を回っていた。

日本YEG 第208回役員会に続く・・・